彼此ともつかぬ場所


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□ 夜風は囁く □

 えんじの上衣じょういは正義のしるし。
 茶色の髪の青年が、調子っ外れな歌を口ずさみながら、えんじ色の上着を袖で腰に結わえた。慣れた手つきで剣帯を留め直し、「これでよし」と胸を張る。
 ここは、峰東ほうとう州の都ルドスの、馬車の行きかう中央通り。町の治安を守る警備隊、その証しである制式上着は、夏には薄手のものが支給されるのだが、この炎天下に襟つき長袖は暑苦し過ぎる、と言って、彼――ガーランはまともに着用したためしがない。
「なんだ、その変な歌は」
 少し先を歩いていた警邏の相方が、怪訝そうにガーランを振り返った。こちらは、前のボタンこそ留めてはいないものの、上着をちゃんと身に着けている。もっとも、これが普通であって、「警備隊の誇り高き象徴」を結んだり団子にしたりするのは、隊内ではガーランぐらいのものだ。
「一昨日しょっ引いた羊泥棒が、『えんじの上衣はムカつく奴ら』とか何とか歌ってやがったんでな。正しい内容を広めようと思ってな」
「よくやるよ」
 呆れ顔になる同僚を見て、ガーランの頬がますます緩んだ。悪戯っぽい光を目に宿し、より素っ頓狂な歌を披露し始める。
 いいかげんにしろ、と同僚が眉を吊り上げるのと時を同じくして、道の向こうの路地からガーランの名を呼ぶ声がした。
「うわ、やべ。さっさと行こうぜ」
 大慌てで歩調を速めるガーランを、同僚が小走りで追いかける。
「行こうぜ、って、あれ、東の助祭長だろ」
「だから逃げるんだよ。あのクソ坊主、俺のことをていのいい使いっ走りとしか思ってないんだからな。どうせまた、『教会の前のドブ掃除を頼むわ』とか何とか言いやがるに決まってる」
 と文句を言いながら、人波をかき分けたガーランの前に、ひらりと人影が立ち塞がった。
「名を呼ばれて無視をする奴があるか」
「お、おやっさん……!」
 いつの間に先回りをしたのか、噂の人物が、腕組みをしてガーランを睨みつけていた。
 こんがりと日焼けした小麦色の肌に、白い僧衣が輝いて見える。袖口から覗く腕は、老境に身を置く者とは思えないほど鍛え上げられており、その活力に溢れたさまは、若いガーランと比べてもなんら遜色がない。現に今も、小柄な助祭長に対して頭二つ分は背が高いはずのガーランが、圧倒される一方である。流石は、若い頃、南方で船乗りをしていたという、元・荒くれ者だ。
 先ほどまでの余裕はどこへやら、すっかり意気消沈してしまった様子のガーランに対し、助祭長が得意げに口角を上げる。
「他でもない、おぬしに頼みがあってな」
 ほらきた、と呟いてから、ガーランは両手を腰にあてた。
「なんだよ。ドブ掃除か?」
「そんなつまらぬ用事に、わざわざ警備隊員殿のお力など借りぬわ」
 しれっと言い切る助祭長に、ガーランの眼差しが冷ややかなものとなる。それを気にしたふうもなく、助祭長は言葉を継いだ。
「礼拝堂の尖塔に、カラスの死骸が引っかかっておってな。それを取っ払ってもらえんかな」
 ガーランの背後で、同僚がふき出した。
「やっぱり掃除じゃねえか」
「尖塔に登ろうにも、わしはもう歳だし」抗議の声を華麗に受け流して、助祭長は語り続ける。「司祭様のお手を煩わせるわけにはいかぬし、助祭も侍祭も高い所は駄目だと言いよるし、癒やし手達の伴侶をあてにしようにも、独り身の者か年寄りしかおらぬし、いかんせん男手が足りんのだ」
「俺だって忙しいんだぞ」
 吐き捨てるように反論を口にするガーランだったが……。
「酒場でくだをまく暇はあるのに、可哀相な老いぼれの頼みを聞く時間はないというのか。なんと無慈悲な」
 見事に返り討ちにあい、彼はがくりと肩を落とした。
 助祭長は、そんなガーランの様子を満足そうに見つめて、それからそっと声を潜めた。
「それに、あまり『あのこと』を広めたくない。既に知っているお前は適任だ」
「また、それかよ」
 何やら口の中でぶつぶつと悪態をついたのち、ガーランは両手を上げて降参した。
「分かった、やりゃいいんでしょ、やりゃあ」
「仕事がひけたら帰りに寄ってくれ。死骸を放置しておいて、良からぬ虫が病気を運んできたら大変だからな」
 と、そこで助祭長は片目をつむってみせた。「町の平穏を守るのがおぬし達の仕事だろう?」
 ガーランは心底悔しそうに石畳を蹴りつけた。
  
  
  
  
 折角の貴重な日勤日だったってのに。盛大な溜め息とともに、ガーランは礼拝堂の丸屋根の梯子に手をかけた。もう一度深く溜め息をついて、いざ、茜色に染まる空へと段を上る。
「非番に酒飲んで何が悪いってんだ。つうか、酒でも飲まなきゃ、あんな苦労の多い仕事、やってらんねーよ、くそったれ」
 ここなら助祭長の地獄耳も及ぶまい、と、ガーランは心置きなく毒づいた。途中から仕事の愚痴になってしまっているのも構わず、風を相手に鬱憤を晴らす。ひとしきり文句を吐き出したところで、また大きく息をつき、それから、少しだけ眉間を緩めた。
「まあ、あのクソ坊主のためじゃなくて、教会のため、ってんなら、屋根でも何でも登りますけどね」
 ここ、東の教会は、生命の神アシアスを祀っている教会だ。
 アシアス信仰は、この国における実質的な国教であり、他の八百万の神々とは一線を画する存在であった。それは、祈りによって神の加護を得る「癒やしの術」の影響力によるところが大きい。アシアスの教会には大抵、「癒やし手」と呼ばれる術者を集めた治療院が併設されており、そこは、アシアスへの感謝の「気持ち」を持つ者なら誰でも――たとえ異教徒でも――救いを求めて訪れることができるのだ。
 ガーラン自身、子供の頃から治療院には何度も世話になっている。つい先月も、捕り物の際の刀傷で、ここに駆け込んだことを思い出し、ガーランは心の中でこうべを垂れた。それから、よし、と気合を入れ直して、最後の段を登りきる。
 夕暮れの鐘に背中を押されながら、ガーランは尖塔に辿り着いた。
 そこは、円蓋屋根の頂上にしつらえられた東屋とでもいうべきものだった。大人が四人ほど手を繋いで輪を作れば、丁度これぐらいの広さになるだろう。その円形の床の中央に、そこらにある井戸と同じぐらいの大きさの丸い穴が、ぽっかりとあいていた。
 その穴は、礼拝堂丸天井の天辺にあけられた、明かり取りの眼窓めまどだった。尖塔は、この円形の窓から雨が礼拝堂内部に入り込まないよう、傘のような役割を担っているのだ。
 穴の縁は周囲の床よりも少し高くなっており、気をつけてさえおれば、そうそうこの眼窓から落ちることもない。が、流石にこの高さである。ガーランは、黒々とあいた穴から充分な距離をとって、壁際に背負い袋を下ろした。荒縄の束と麻袋を取り出して、やれやれと一息をつく。
 そこへ、ガーランの名を呼ぶ声が、足元から響いてきた。
 ――聞こえる、聞こえる。
 そうっと眼窓から下を覗けば、会衆席の間に、ちんまりと佇む助祭長の姿が見える。ガーランは、にんまりと口のを引き上げた。
 これこそが、昼間、助祭長がガーランに耳打ちした「あのこと」であった。一体どういうからくりなのだろうか、礼拝堂内の音が、驚くべき明瞭さでこの塔の上まで響いてくるのだ。
 今からおよそ二十年前、父親の大工道具を勝手に使って壊してしまったガーランは、叱られるの嫌さに教会の尖塔に隠れて、偶然この秘密に気がついた。そうして、自分を探しに来た助祭長――当時はまだ助祭であったが――に、興奮した面持ちでこの大発見を報告した。
 ところがガーランの思いをよそに、助祭長はこの知らせを聞くなり、難しい顔で、「悪戯する人間が現れてはいけないから」とガーランに口止めをした。今から思えば、悪戯は勿論のことだが、「司祭様達が祈りの声に耳をそばだててるらしいわよ」といった不名誉な噂が立つことを、彼らは心配したのだろう。
「おおーい、ガーラン、首尾はどうだ」
 過去から現在へと意識を戻すと、ガーランは穴の上へと心持ち身を乗り出した。そして「問題ねえよ」と返答する。
「……なんだって? 声が小さくてよく聞こえんわ」
 そういえば、聞き耳のからくりは礼拝堂から尖塔への片道のみだったな、と、ガーランは改めて腹の底から声を張り上げた。
「何も問題ねえっての。今から仕事にかかる」
「そうか。山神様のお使いだからな、くれぐれも丁重に頼むぞ」
 ついでに俺のことも丁重に扱ってもらえませんかね。そう胸の内でぼやきつつ、ガーランは大きく息を吸った。
「助祭長のアンタが、んなこと言ったら、アシアス様が嫉妬すんじゃねえの?」
「我らが主は、そんな狭量なお方ではないわ」
「そうだな、アンタが神職につけるぐらいだもんな」
 助祭長の豪快な笑い声を聞きながら、ガーランは辺りを見回した。
 梯子と反対側の屋根の縁に、物悲しい黒い影が、風に揺らめいてぶら下がっていた。
 ガーランは慎重にカラスの死骸を屋根から下ろした。夏の日差しに冒されつつあるそれを麻袋に入れ、閉じた袋の口を荒縄の端に結わえつける。それから眼窓の傍に膝を突き、階下へと袋をゆっくり下ろしていった。
 助祭長が袋を受け取ったのを確認して、ガーランはやれやれと立ち上がった。両手を軽くはたき、大きく伸びをする。そうしてガーランは周りをぐるりと見回した。
 西にそびえる連山の縁が、燠火おきびのように鈍く光っている。血の色にも似たその明かりも、やがては薄汚れた灰に静かに埋もれていくのだろう。東の地平線から迫り来る藍色の下、家々の灯りが点々とまたたき始めているのを見下ろしながら、ガーランはそっと目を細めた。
 大陸を東西に分断する山脈に沿って、その麓に細長く伸びている坂の町、それがここルドスだ。町の中心を南北に貫く大通りを境目に、西の高台に為政者など上流階級に属する者の住居が、東に下々の者どもの住み処がある。この東の教会は、その中央通りから細い路地を一角ひとかどくだった所にあった。
 ガーランの生家は、ここから少し北の、いわゆる職人街にあり、物心ついた頃からこの辺りは彼の庭だった。助祭長こと「おやっさん」は、そんな彼が何か悪さをするたびに、遠慮のないゲンコツを喰らわせてくれていたものだった。
 まさか、おやっさんを返り討ちにしたくて励んだ体術や剣術が、自分の身を立ててくれることになろうとは。つい口元を緩ませたところで、当の助祭長の呼び声を足元に聞き、ガーランは慌てて咳払いをした。
「どうしたガーラン、何か問題でもあったか」
「人使いの荒い誰かさんのせいで、疲れてんだよ。ちょっと一服してから降りるわ」
「そうか。ならば、わしはこいつを裏の畑に埋めに行ってこよう。真っ暗になる前に、気をつけて降りてくるんだぞ」
「へいへい」
 薄暗さを増した町並みの上を、心地よい風が吹き抜けていく。比較的標高のあるルドスの夏は、日さえ暮れてしまえば、とても過ごし易い。しばし夕涼みをば、と、ガーランは壁際に腰を下ろした。
 壁に身を預けると、手足の先から疲れが一気に這い上がってくる。警備隊という職務の特性上、日勤日といえども仕事が長引くことは珍しくない。ガーランは助祭長の依頼に応えるために、昼から一度も休憩を取っていなかったのだ。
「感謝しろよクソ坊主」
 言葉に見合わぬ穏やかな笑みを口元に浮かべ、ガーランはそっと目を閉じた。
  
  
 ――なんてこったー!
 ガーランが次に目をあけた時、周囲は深い闇に包まれていた。
 満天の星の下、山肌に這いつくばる灯りの数から判断するに、時刻はどうやら真夜中のようだ。毒虫にどこも噛まれていないことと、眼窓から落ちなかった幸運にほっとしつつ、ガーランは立ち上がった。自分のあまりの間抜けっぷりに、助祭長に八つ当たりする気力すら湧いてこない。心の中でべそをかきながら、凝り固まった肩をほぐしていると、地の底、もとい階下の礼拝堂から、人の声が聞こえてきた。
「……どうか報いを」
 それは、触れれば切れそうなほどに張り詰めた、女の声だった。
 眼窓から下を覗けば、闇に沈む会衆席を、月明かりがおぼろかに浮かび上がらせている。だが、床に差し込む月の光も、声の主のところまでは届いていないようで、姿かたちは勿論、その影すら定かではない。
「苦しみを与えたまえ」
 切々と放たれる呪詛の声に、ガーランは身動き一つすることができなかった。



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Date:2009/06/28
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