彼此ともつかぬ場所


□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




*    *    *

Information

□ かえりみち □

 級友が、死んだ。
  
 烏丸からすま友成ともなりは、住宅地の中の通学路を、とぼとぼと歩いていた。
 陽炎を抱いたアスファルトから、容赦のない熱気が友成に襲い掛かる。背後で庭木が風にそよぐ気配がしたが、風呂場もかくやの蒸し暑い風が、のたりと彼の頬を撫でただけであった。
 ふと、額の汗を拭って友成は背後を振り仰いだ。
 だらだらと伸びる上り坂の遠く、大きな枝ぶりのミズナラが夏空を背景に勇壮な姿を誇っている。その緑の隙間から山城のごとく顔を覗かせる灰色の建物が、友成の通う楢坂高校だ。
 普段ならば喧騒に溢れ活力に満ちた校舎も、夏休みの今は、どこか虚ろな廃墟のように見える。そんな友成の心を読んだかのように、鴉が一羽、皺がれた声を上げて校舎の陰へ消えていった。
 忌々しげに息を吐き出してから、友成はまた前を向いた。
 時計の針は夕刻を指しているものの、まだまだ陽は高く、ほんのり橙がかった空を蝉の大合唱がぐらぐらと揺るがせている。
  
 級友、といっても、直接話したこともなければ、顔も知らない。入学式前日に入院したという彼女が、一度も教室に姿を現さないうちに、学校が夏休みを迎えてしまったからだ。
 一体どんな子なんだろう、重い病気なのかな、早く元気になったらいいのにね、などなど、空席を見つめては心配そうに言葉を交わしていたクラスの皆も、一週間、二週間、と日が経つにつれて、空いた机の存在に慣れてしまったようだった。かく言う友成も同様で、特に彼女の欠席を意識することもなく日々を過ごしていた。……五月の初めのあの日までは。
  
  
「一年五組の堀川千晶を、図書委員に入れてくれないかしら」
 ゴールデンウィークが終わった翌日、友成のクラス担任が、図書委員の例会に姿を現すなり、こう切り出した。
 自主性を重んじる校風のもと、課外活動に教師が口を挟んでくることはほとんどない。校区一番の公立進学校というだけに生徒達のプライドも一級品で、案の定、二年の委員長が即座に「なんで?」と抗議の声を上げた。
「一の五って言うたら、烏丸君がもう委員になってくれてるやん。っていうか、何やの、その堀川さんって」
 委員長を始めとするその場の全員に一斉に視線を向けられて、友成はつい大柄な身体を縮こませた。
「えっと、その、入学式からずっと休んでて、だから俺もよく知らなくて……」
「図書委員は各クラスから一人ずつって決まってるし、現に烏丸君も真面目に仕事してくれてるし、幽霊委員を作る意味がないやん」
 畳みかけるように早口で巻くしたてる委員長を、担任は「まあまあ」と大げさな身振りでなだめた。
「堀川さんね、入院生活が長引いててね。独り取り残されたような気がするって落ち込んでいてね、何か学校と繋がりがあれば励みになるかな、と思ったんだけど。本を読むのが好きで、図書委員になりたかったって言うし、名前だけでも仲間に入れてもらえたら、って……」
 担任の言葉を受け、一気に皆の空気が同情の色を帯び始める。
 しばらく腕組みをしていた委員長は、「そういうことなら」と一同を見回した。「まァ、仕事は烏丸君がしてくれるわけやし、名誉会員ならぬ名誉委員ってやつで、ええんちゃう?」
 他の委員に異論がないことを確認して、委員長は満足そうに口角を上げた。
「本好き仲間が凹んでるとあっては、無碍にできへんもんな。なぁ、みんな」
 その言葉を聞いて、友成は思わず息を呑んだ。
 教室の片隅、誰も座らない空いた席。
 儚げな空気をまとった少女が、そこに腰掛けて本のページをめくるさまが、友成の脳裏にありありと浮かび上がってきたのだ。
 名前だけの存在でしかなかった彼女が、血肉のある「級友」に変化した瞬間だった。
  
  
 あれからまだ三ヶ月しか経っていないなんて。友成はまた大きく息を吐いた。
 辺りはゆったりとした区割りの古い住宅街で、道路を行く者には日陰らしい日陰など到底望めない。ぎらぎらと照りつける日差しのせいで、頭の中が沸き立ってしまっているようだ。灼熱地獄から逃れようとするかのように、友成の意識は再び記憶の海を潜ってゆく。
  
 レビュー作戦ってのはどうや? と図書委員長が言い出したのは、「名誉委員」を迎えた次の週のことだった。
「毎月の会報やけど、『今月の入刊』のコーナーを本の題名だけにして、それとは別に委員のオススメ本を紹介してみるのってどうやろ? そしたら既刊を借りてくれる人が増えるんとちゃう?」
 毎月一人一冊ずつ、可能ならば名誉委員の堀川さんも。委員長の粋なはからいは、友成から担任を通じて彼女に伝えられた。
 三日後には、担任から友成に彼女からの手紙が手渡された。そこには、レビュー活動に参加したい、という言葉とともに、『図書館にはどんな本がありますか? 何の本をオススメすればよいですか?』と、整った文字で記されていた。
 友成は、すぐに返事を書いた。『他の委員はどんな本を選んだか』に始まって、『どのジャンルが好き?』『誰の本が好き?』などなど、彼にしては珍しく積極的な手紙をしたため、担任にことづけた。
 そんなやり取りが二往復したところで、担任が彼女の入院している病院の住所を教えてくれた。それが彼女の希望によるものと聞いて、友成はすっかり嬉しくなった。
 そうして、ケータイを持っていないという彼女に合わせて、古式ゆかしき文通とも言うべきものが始まった。
 がっしりとした体格で背も高い友成だったが、スポーツ選手と見まごう外見とは裏腹に、彼は筋金入りのインドア人間だ。本がなければ生きてはいけない、と公言してはばからない彼にとって、「本好き仲間」との「文通」はとても楽しいものだった。ましてや、相手は同い年の女の子である。ひと月も経つ頃には、友成は彼女との遣り取りにすっかり夢中になっていた。
  
 夏休みに入って、図書委員会の活動も小休止となり、友成は彼女に手紙を出しあぐねていた。なんといっても相手は病人なのだ。用もないのに、返信に余計な手間をかけさせるのはいかがなものだろうか、と。
 だから、今日、文芸部の活動に登校した友成は、学校に大口の蔵書の寄贈があったらしい噂を耳にして、一も二もなく図書館に寄ったのだ。
 司書室には、司書の先生の他に友成の担任がいた。クラスの女子が「若作り」と揶揄しているいつものピンクのジャージではなく、真っ黒なスーツだったので、すぐにはそうと判らなかったのだが。
「寄贈があったんですって?」
「耳が早いねえ」
 こちらは普段どおりの化粧っ気一つないいでたちで、司書が友成のそばにやってきた。
「目録とか、もうありますか?」
「気も早いねえ」
 そのうちに現物にお目にかかれるんだから待ちなさいよ、といなす司書に、友成は意を決して口を開いた。
「堀川さんにも教えてあげたくて、だから……」
「その必要はないわ」
 ずっと背を向けたままだった担任が、ゆっくり友成の方を向いた。
 疲れきった表情、とりわけ腫れぼったい――まるで泣き腫らしたかのような――瞼に、友成は知らず息を詰めた。
「……もう必要ないのよ……」
 その時、電話の呼び出し音が鳴り響いた。司書が慌てて机に駆け寄っていく。
「……必要ない、って……、先生、まさか……」
「岡田先生、お電話です。……病院から」
 司書の声に、担任が目を見開く。そうして、沈痛な面持ちのまま、きびすを返した。
  
 その瞬間、友成は世界が凍りついたような気がした。一瞬にして視界から色が失われ、全ての音が消え去った。
 間髪を入れず彼に襲い掛かる、底知れぬ悲しみと……恐怖。
 悲鳴を上げることすらできず、彼は無言で司書室を飛び出した。
  
 息が切れるまで走って、走って、……そうして現在いまに至るというわけだ。
  
  
 バス通りに出たところで、友成はもう一度背後の坂を見上げた。
 ショックのあまりにあの場から逃げ出してしまったが、先生達は自分のことを一体どう思ったろうか。薄情な奴だと思われてしまったのではないだろうか。
 ……と、自分のことしか考えていないおのれを自覚して、友成はきつく唇を噛んだ。こみ上げる吐き気を必死で嚥下し、前を向く。
 ここで右手に曲がるのが、駅までの最短ルートだった。片側一車線のバス通りは暗くなってもひとけが絶えることはなく、安全面からも、通学路には最適の道のりだろう。現に、友成と同様に部活帰りとみられる制服姿が、ぎらつく西日の中に点々と影を落としていた。
 ――バスに乗ってしまおうか。
 一角ひとかど先にある坂ノ下のバス停には、朝と夕だけは一時間に六本のバスが停まる。
 しかし、バスに乗ろうと、駅で徒歩組と合流することになるのは変わらない。
 ――今は、誰にも会いたくない。
 少し遠いが、隣の駅へ行こう。そう小さく頷いて、友成はバス通りを南へ横断した。



→ 前書き
→ NEXT
*    *    *

Information

Date:2009/10/16
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿

コメント書き込みの前に、是非一度「コメントについて」に目をお通しください。







 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://greenbeetle2.blog117.fc2.com/tb.php/73-44fd739c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。