彼此ともつかぬ場所


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II

「……今度はあまり驚かへんねんな」
「いや、だって、今更、宇宙人も異世界人も、あまりインパクト変わらないっていうか……」
「あ、まあ、そうか……」
 もっと驚いたほうがよかったんだろうか、僕が見ている前で、トモミはがっくりと肩を落とした。そのまま力無くうなだれ、くずおれるように地面に膝をついたかと思えば、なんと、さっきとは打って変わって明るい声で「ジャーン」と効果音を言いながら、ぴょんと立ち上がった。
「さて、クイズです! これ、なんに見ーえる?」
 切り替え、早っ。
 色々思い悩むのがなんだか馬鹿らしくなって、僕は素直にトモミの手元を見た。
「……石」
「せや。で、この石やけど、今この瞬間のこの石と、さっきアタシが拾った時の石と、同じやと思う?」
 手品なのかと訊いたら、どうやらそういうことではないらしい。
「この石は、確かにさっきの石と同じ石なんやけど、もっと厳密に考えてみたらどうなるか、ってことやねん。時間の経過とともに少しずつだけど風化は進むし、手のひらの体温で温度は上がるし、さっきの石と全く同じ存在ってことはありえへん、って解るやろ?」
 ふむふむ。
「この石は、この石を形作ってるエネルギーの、瞬間瞬間の断面みたいなものに過ぎないねん」
 そういえば、ちょっと前に何かの本で似たようなフレーズを読んだことがあった。ええと、三次元の物体の断面が二次元であるように、四次元の物体の断面は三次元である、だったっけ。三次元のものを「断『面』」って言っちゃっていいの? って思ったけど。
 そのことをトモミに尋ねたら、「他にピッタリな単語が無いから、便宜上『断面』でええねん」と流されてしまった。
「アキラ、意外とツッコミ鋭いなァ。きっと将来、大物になるで」
 宇宙人然とした不審者相手に、なんでこんなに冷静に会話できるのか、自分でもちょっとびっくりだ。きっと、トモミの関西弁が、緊張感とかそういったものを台無しにしているせいに違いない。
「ざっくり言うとな、世界ってのは、一つの大きなエネルギーの流れやねん。それが、こう、なんて言うか、まあ、色々複雑なお約束のもと、色んなものを形作りながら、過去から未来へ、ぶわーっと流れていくねん。あ、ほら、万物は流転する、とか聞いたことあるやろ? 絶対こっちにも居やはるって、そういうこと言った偉いさんが」
 聞いたことがあるような、無いような、やっぱりあるような。
 でも、そんなことよりも……、
「質問いいですか」
「はい、アキラくん」
 授業の時の癖で右手を軽く上げれば、トモミがビシッと指名してくれた。気持ちがいいほどノリノリである。
「ええと、『流れてる』って、どこを流れてるんですか? この世界が流れてるって言うんなら、その外があるんでしょう?」
「『外』はな、まだアタシらにもよく解らへんねん。ほら、アレや。ビッグバンの前には何があったんや、とか、膨張する宇宙の外側はどうなってんねん、とかと同じで、絶賛研究中や」
 ビッグバンを引き合いに出されてしまうと、なんだかもう「仕方ないか」って諦めるしかないような気がした。
「ただ、この『流れ』ってのが、少なくとも二つは存在してる、ってのは、アタシらは既に確認済みや」
「それって、もしかして……」
 いよいよ話が本題に差し掛かったようだ。トモミが、勿体ぶるように大きく息を継ぐ。
「せや。アタシらの世界と、ここ、アキラのいる世界や」
  
「お隣さんって言うたらエエんかな。どうやらこの二つの世界は『近い』みたいで、時々界面が綻んで、こっちとそっちが繋がってしまうねん」
 そこで一旦言葉を切って、トモミは傍らの信号所の扉を指さした。
「こんなふうに」
 虹色っぽい銀色っぽい光は、相変わらずもわもわとドア枠の中で揺れている。
「幸い双方のエネルギー量は拮抗しているみたいで、今のところ、どっちかにどっちかが流れ込むことはないみたいやねんけど」
 これって、もしかしてパラレルワールドってやつなんじゃないか?
「マジで? この向こうが異世界?」
 思わず早口になってしまった僕に、トモミがゆるゆると銀の頭を振った。
「それがな、話はそんなに簡単とちゃうねん。やっぱり『違う』世界なだけあって、ものを形作る『ことわり』が、互いに微妙に違うみたいでな、例えばこの石をあっちに放り込んだとしても、あっちでは全く違うものになってしまったり、そもそも形を保てなくなってしまったりするねん。ややこしいことになるから実験せえへんけど。放り込んだ石と同じ分のエネルギーが、あっちからこっちに押し出されてきたりするしな」
 そうして、トモミは自分の胸元に手をやった。
「で、やっとこのスーツの話になるんやけど、このスーツのおかげで、アタシはこの世界でもアタシを保っていられるねん。このスーツが破れでもしたら、アタシは単なるエネルギーになってしまうんや」
 トモミの言葉に、僕は思わず光を二度見した。
「それって、逆に、こっちの世界の誰かが、うっかりそっちに迷い込んでも、同じことが起こるってことですよね」
「うん。まあ、でも、こんなにデカい『綻び』は滅多にあらへん。普通はもっと小っこいやつばっかりやから、そんなに心配せんでもエエって」
 滅多に無い、って、絶対に無い、ってわけじゃないんだよな。これってかなり怖くないか?
 いわゆる「神隠し」の原因って、もしかして……。
 内心、かなりびびっていると、トモミが「心配せんでもエエ」と再度繰り返した。
「このスーツを着て、二つの世界を繋ぐ『綻び』を修復してまわるのが、アタシら界面管理技術者の仕事やねん」
 誇らしげに胸を張るその姿を見て、不覚にも「カッコイイ」と思ってしまった。見た目、まんま宇宙人なのに。
 そんな心の声が聞こえたのか、トモミはがくりと肩を落とすと、一転してぶつぶつとぼやきだした。
「それにしても、そんなにこのスーツ、宇宙人っぽく見えるん? こっちの人、アタシを見たら必ず『宇宙人だ!』って言うんやもん……」
 困るわあ、と僕に向かって訴えかけてから、またぶつぶつ愚痴り続ける。
「位相をまたいで存在を保つってのは、物凄く大変なことやねん。視界を確保するためのゴーグル部分を開発するだけでも、何十年かかったか。こっちの世界での見た目とか、気にする余裕なんてあらへんわ。そんなん、好きで宇宙人っぽい格好してるわけやないのに、宇宙人や、って言われたら、どうリアクションしたらええねん……」
 悩むポイントが微妙にずれているような気がしないでもないけど、気にしないことにした。
 それよりも、だ。オカルトネタの定番の一つ、宇宙人の目撃情報って、もしかしてスーツを着たトモミ達のことなんじゃないか? あの有名な捕獲された宇宙人ってのも、もしや抜け殻のスーツとか?
「ま、とにかく、そんなわけで、アタシはこの『綻び』を直しにやって来てん。誰かが――アキラが近づいてくるのが見えたから、慌ててそこの茂みに隠れてんけど、うっかり扉を閉めそこねてしまった、ってわけや」
 一通り状況説明を終え、トモミは大きく伸びをした。
「さーてと、座標の入力とかはアキラが来る前に完了させたから、あとは、ぱぱっと残る作業を片付けてしまうわ」
 扉の前に立ったトモミが、光の縁をぐるりと撫でる。手の動きに合わせて、しゃをかけたかのように、光量がぐんと減った。
「これで、あとは、向こうに戻ってから、今の続きで、きゅっと締めたら完了や」
 何の続きで何が「きゅっ」と締められるのかよく解らなかったが、たぶん説明されても僕には理解できないだろう。知識が無い者にとっては、科学も魔法も大差ない、とは、一体何の本で読んだフレーズだったか……。
「ほな、帰るわ」
「えっ」
 あまりにもあっさりとした言い方に、僕はそれ以上言葉が出てこなかった。
「アキラも早よ帰らなアカンのとちゃう? お家の人が心配しやはるで」
 確かに、辺りはすっかり真っ暗になってしまっている。
 でも、こんな驚きの出会いが、こんなにあっけなく終わってしまうなんて、後ろ髪が引かれるどころの話じゃない。何か言わなければ。でも何を言えばいいんだろうか。ぐるぐる悩んでいると、トモミが実にあっけらかんと言った。
「どうせ、また三日も開けずに、『綻び』発生、つって、こっちに来ることになるやろうしなあ」
「え?」
「界面管理技術者、別名、境界の守護者マージナル・ガーディアン。って、聞こえはいいけど、残業多いし、勤務時間不規則やし、危険やし、もう少し給料上げてもらってもエエんちゃうん、って思うわー」
 なに、その、溢れんばかりの現実感は。中二臭い別名に、全然合ってないよ……。
 脱力感に襲われていると、ぽん、と肩を叩かれた。
 顔を上げれば、宇宙人然としたトモミが、相変わらずの低い声で、可愛らしく「バイバイ」と手を振っていた。
「じゃあ、またどこかでアタシのこと見かけたら、声かけたってなー」
 銀色の身体が、光の中へと入り込んでゆく。「綻び」は、トモミを呑み込んだあとも、しばらくの間はぼんやりと光っていたが、やがてスイッチが切れたかのように、フッと消失した。
  
  
 世界の「綻び」を修正すべく平行世界からやってきた、マージナル・ガーディアン。
 ……こう言うと、なんだかカッコイイじゃん。見た目は完全に「おネエの宇宙人」だったけど。
 家に帰りついて、普段着に着替えた僕は、制服の胸ポケットからシャーペンを取り出した。先端がぼんやり虹色に光っているシャーペンを。
 階下から、晩御飯よー、と、母さんの声がする。
 僕はそのシャーペンをそっと机の引き出しに仕舞い込んだ。
 
 
 
     〈 完 〉



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Date:2009/11/16
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